茅葺屋根に湯の香り!乳白色の山のいで湯・福島 「高湯温泉 玉子湯」

磐梯吾妻スカイラインの北の玄関口で、濃い硫黄臭を漂わせる「高湯温泉」は、かつて信夫高湯と呼ばれ、最上高湯、白布高湯とともに“奥羽三高湯”としられていました。

高湯温泉の開湯は慶長12年(1607)、江戸時代。それから約400年以上を経た現在も毎分3000リットル以上の豊富な湯量や泉質などすべてが当時のままです。旧泉質名でいうと硫黄泉になる白濁したゆで卵臭のある湯です。

高湯には古くから「一切の鳴り物を禁ず」という慣わしがありました。これは三味線・太鼓・盆踊りや腕相撲を禁止するしきたりで、湯以外の歓楽的な楽しみや不要な争いを持ちこまないためのもので神なる吾妻山の平穏を守り続けたといわれます。

記録によれば江戸時代後期、庭坂村で炭焼きをしていた文吾というものが沢辺に湧くこの湯で、大火傷を跡形もなく完治させたと伝わり、のちに明治元年同村の名主・後藤与次兵衛が、傷病にいいと評判の湯に仮小屋を建設し、これ「玉子湯」の始まりとされています。旅館形体が確立していなかった時代、利用する集落ごとに湯治小屋を所有しそこで湯治宿泊をしていました。

玉子湯の温泉庭園内にある茅葺き屋根の湯小屋は創業から150年もそのままの形をとどめたまましっとりと佇んでいます。

男女の湯が板壁一枚で区切られた湯小屋「玉子湯」の内風呂の湯船は酸性の湯にも耐えられる檜作りで少し檜の香りもします。湯けむりが漂うなか、ふんわりとした玉子のにおい、しばらくその臭いでくつろいでいると、少し鼻につくのですが、これぞにっぽんの温泉の香りです。湯の色はこの日乳白色でしたが天候や気候、気温などでエメラルドグリーンや少し青みがかった色にも変化がみられるのが特徴です。手ですくうと湯は透明でふわふわと白い小さな湯花が浮かび上がります。

お湯は自然のまま、加水、加熱もなく、源泉かけ流しの湯が楽しめます。ほんのり青みがかった湯とろりとして濃厚です。浸かれば玉子のようになめらかな肌になるといわれ、浴槽に身をすべらせば、まろやかな湯が肌を撫で、やがて全身にしっとりと浸透していきます。

十分に玉子湯を楽しんでから、少し下ったところにある野天岩風呂「天翔の湯」へ。隣にある「天渓の湯」と男女交代で利用できる。いちいち服を着ないといけないのが難点です。大きな岩が積み重なった野天岩風呂は空が広く、そよぐ風が心地よい。

小川が流れる庭園の背後の丘に延びる遊歩道の先には滝や温泉神社もあるのでのんびりと散策することもできます。

「道の駅 六合(くに)」内にある日帰り温泉施設「応徳温泉・くつろぎの湯」群馬県中之条

群馬県中之条町と平成22年3月28日に町村合併した六合地区は、大自然が手つかずで残る素朴な山里です。六合温泉郷は、肌に優しいアルカリ性の温泉が5カ所で湧き、酸性の湯である草津温泉の仕上げの湯と呼ばれています。冬に雪深い草津から一山越えて六合へ移り住む「冬住み」という習慣が明治期まで続いたといいます。

「道の駅 六合(くに)」内にある「応徳温泉・くつろぎの湯」は少し白濁した湯の中に珍しい独特の黒い湯の花が浮かび、硫黄の香りがする個性的な温泉です。応徳年間(1084~1086)に旅人により発見されたという弱アルカリ性の“美人の湯”が人気で、泉質的には含硫黄・カルシウム・ナトリウム-硫酸塩・塩化物泉になり、慢性皮膚病や動脈硬化症に効能があります。

現在は築128年の古民家を移築した宿泊施設「宿花まめ」と一体化しています。

 

開湯1300年を誇る加賀温泉郷の古湯「山代温泉」の二つの共同湯に浸かる。石川県加賀

加賀温泉郷の中で最も大きい温泉街が「山代温泉」です。大聖寺藩の藩湯として歴代藩主が愛した山代温泉は、約1300年の昔、僧の行基が霊峰・白山へ向かう途中で、傷を癒すヤタガラスを見て発見したと伝えられる長寿の湯。戦国武将の明智光秀もここで傷をい癒したそうです。二つの総湯を中心に温泉宿や商家が立ち並ぶ温泉場特有の町並「湯の曲輪(がわ)」、は北陸特有の呼び方で、江戸期に形作られたもの。

2012年グッドデザイン賞を受賞した「山代温泉 古総湯」は外装に県産杉と古瓦、そして伝統手法の杮ぶき屋根を用いた外観や内装、入浴方法もすべて明治期の総湯を復元したものです。入浴料500円を払うと番台さんが、利用方法を教えてくれます。歴史と文化を味わいながら入浴を楽しめます。日没と同時にライトアップされ幻想的な姿を見せます。

浴室は脱衣場を兼ねた大名造りで、拭き漆塗りの壁や九谷焼タイル、窓にはステンドグラスを施した芸術的な空間は当時の趣が感じられるお洒落な造りです。洗い場はなく湯船のみで源泉掛け流しの湯があふれています。

それぞれの浴室から2階の風通しのよい畳敷きの休憩処に上がれるようになっていて温泉街が一望できます。ここで男女が会えるようになっていますが、帰りは男湯や女湯に下りないように気をつけましょう。

旧吉野屋旅館跡地に再建された地元住民が集う共同浴場「山代温泉 総湯」は、旧吉野屋旅館の門を生かした入口、天窓から明るい光がキラキラと射し込む気持ち良い浴室。そして広々とした浴室には二つの異なる深さの浴槽があり、地元産石張りの浴槽には天然温泉(循環ろ過)がたっぷりと注がれています。壁面には地元作家制作の山代ならではの多彩な九谷焼装飾タイルなどアートにも注目です。

小野小町ゆかりの地い湧く美人の湯でゆっくりお肌磨き!小野小町温泉「セントラーレ・ホテル京丹後」

小高い丘に建つお城をイメージした一軒宿、それが小野小町温泉「セントラーレ・ホテル京丹後」です。

平安時代の六歌仙のひとりで、絶世の美女といわれた小野小町が晩年をこの地で過ごしたことから名付けられた温泉は、美肌効果が高く、お肌がつるつるになる少し白濁した湯です。泉質は含弱放射能・ナトリウム-炭酸水素塩泉です。

円形の露天風呂での風にあたりながらの入浴はリラックスします。

春日局ゆかりの町丹波・春日町に湧く天然温泉をしし鍋とセットでいただく「国領温泉 助七」

丹波市の東部、徳川家光の乳母・春日局の生誕地として知られる春日町。丹波市で唯一天然温泉が湧き出している地でもあります。古くは山之神湯と呼ばれ、古文書『丹波志』にもその泉質のよさが記されています。春日ICから車で5分、大正時代には十数軒あった旅館も、現在は昭和30年(1955)創業のここ「国領温泉 助七」のお宿だけです。

露天風呂もある温泉はラドンや鉄分などを多く含んだ赤褐色の炭酸泉で、有馬の金泉を思わせるお湯です。お湯にゆったりと浸かると、体が芯から温まり、筋肉痛によく効くといわれ、湯あたりがやわらかい。

春日局の本名にちなんで女湯は「お福の湯」と名付けられ、内湯はぬる湯とあつ湯の2槽に分かれ、露天は庭園風ですがすがしい。

冬の時期は丹波産猪鍋を座敷でゆっくり過ごせるランチセットが嬉しい。